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熊本地方裁判所 昭和31年(ワ)427号 判決

原告

谷口栄太郎 外一名

被告

高永泰 外一名

主文

被告高永泰は原告等に対し各金十二万三千四百十三円及び之に対する昭和三十一年九月二日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等の被告高永募に対する請求及び被告高永泰に対するその餘の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその二を被告高永泰の負担としその餘を原告等の負担とする。

事実

(省略)

理由

成立に争のない乙第一号証、同甲第一乃至第四号証の各記載に証人坂井信孝、同坂川陽、同野田一重、同野田幸徳の各証言並びに原告谷口栄太郎本人の供述を綜合すると被告等の妹高永一恵の内縁の夫野田幸徳の友人であつた原告等の長男谷口孝(昭和七年三月九日生)は昭和三十一年六月頃から被告等方に同居し農業手伝に従事していたところ当時父の看病などのため被告等方に帰宅していた一恵に対し想を寄せ言い寄つていたが同年七月十一日頃野田幸徳のため一恵の債権のことで大牟田の店で恥を受けたことで立腹し同年七月十五日友人等と飲酒の上被告等方に野田幸徳の来訪しているのを見るや同人を同家納屋南側に呼び出し平手で同人を殴打したので先づ被告募、渡辺晃が之を制止しようとしたが孝は尚も暴行を続けるので被告募の呼び声に応じ更に坂井信孝、坂川陽も制止にきたとき被告泰は之を目撃し谷口孝を攻撃して野田に助勢すべく直ちに自宅炊事場に引返し同所より刺身庖丁一本を取出し再び前記場所に駈付け被告募が後から抱きついて野田に対する攻撃を制止している谷口孝の右大腿部を一回突刺し因つて同人に対し右側の大腿部上部の股動動脈及び筋肉を切断する切創を負わしめそのため同部に壊死を起したので七月十七日上より三分の一の部大腿部を切断手術を受けたが原告等の看護も遂にその効なく同年八月八日午前十一時四十分頃右切創による失血に基く高度の貧血とこれに併発した敗血症により同人を死に至らしめたことを認むるに十分で他に右認定を左右するに足る何等の資料がない。然らば被告泰は孝の父母である原告等に対し之に基く損害を賠償すべき責任のあることは論を俟たないところであるが原告等は被告募も共同行為者としてその責任があると主張するけれども被告募が被告泰と共謀の上右の犯行に及んだと認むべき何等の証拠がないのみならず被告泰が谷口孝を刺身庖丁を以て突き刺す際被告募がこれを認識していたと認むべき資料もない。従つて被告泰が右犯行の際被告募は孝の後から抱きついていたことは敍上認定の通りであるがそれは敍上のように孝と野田幸徳間の争いを制止せんとして為したもので被告泰が右犯行に及んだ際之を認識していなかつた以上これを以て被告募の過失として被告泰と共同行為者として責任ありと做すことはできない。そうだとすると原告等の被告募に対する請求は既にこの点で失当であると謂わねばならない。

そこで次に損害の額に付按ずるに原告谷口栄太郎本人の供述に同供述により成立を認むべき甲第六乃至第十五号証の各記載並びに証人坂川陽の証言を綜合すると原告等は右孝の治療、葬式等のため原告主張の如く合計金十四万六千八百二十六円を要したことが認められる。次に原告等は被告泰のためその長男の生命を奪われ精神上甚大な苦痛を受けたであらうことは吾人の実験則に照し明かであるから同被告は原告等に対しこれを慰藉すべき責任のあることは当然であるが敍上認定の喧嘩の経緯、当事者弁論の全旨により認められる原告等の年齢、社会上の地位、家庭の状況、被告泰の資産状態その他諸般の事情を斟酌するときは原告等の請求は過大であつて原告等に対する慰藉料の額は各金五万円を以て相当と認められる、仍て本訴原告等の請求は被告泰に対し原告等に夫々前記損害額の半額に右慰藉料を加えた計金十二万三千四百十三円及び之に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和三十一年九月二日より完済に至るまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求むる範囲内においてのみ之を相当として認容し同被告に対するその餘の請求並びに被告募に対する請求は之を失当として排斥すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 堀部健二)

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